越前市は 周囲を400〜700m級山々に囲まれ、日野川をはじめとする清流の恵みを受け、昔ながらの豊かな自然環境と美しい里地里山の風景が残っています。

また歴史は大変古く、奈良時代、中央政治を支える要所として国府が置かれ、1300年近く、越の国の中心都市として栄えてきました。

平安時代には、「源氏物語」の作者である紫式部(むらさきしきぶ)が、生涯でただ一度、京の都を離れ、多感な少女時代を過ごした地です。また、平成19年に即位1500年を迎えた継体天皇が祀られる岡太神社、桜と紅葉の名所である花筺公園など、歴史や文化、自然に富んだ地域です。

産業では、越前打刃物や越前和紙など多くの伝統産業から、電子部品などの先端技術産業に至るまで幅広い産業が集積し、福井県内一の製造品出荷額を誇る「ものづくり都市」として、力強く発展を続けています。





700年の伝統を有する「越前打刃物」。その始まりとされる千代鶴国安の故事にちなみ、昭和39年に、越前打刃物造形展示品として『昇龍』が造られました。全て刃物を組み合わせて作られた、長さ2.6メートル・高さ1.8メートルの『昇龍』は、現在、JR武生駅のホームに威風堂々たる姿で鎮座しています。

製作当時の昭和39年に、弊社会長(増谷浩)が実行副委員長として製作、昭和63年に、実行委員長として修復いたしました。更に、平成20年には、弊社社長(増谷 浩司)が実行委員長として修復を手がけました。

製作には、包丁・鎌・鉈・小刀など、全部で、2967丁もの打刃物が使用されています。







「越前打刃物」は、1337年(南北朝時代)京都の刀匠千代鶴国安が刀剣制作に適した地を求め、府中(現越前市)に来住し、近郷の農民のために鎌を作ったことから始まったといわれています。国安は、刀を造る度に研石を使って狛犬を彫り、井戸に沈めたといわれます。そこには、「刀は人を殺すための武器であってはならない、武士の象徴として存在してほしい」という「職人としての願い」が込められていたのです。この精神は、「最高の道具」をつくるというカタチで越前打刃物の職人達に引き継がれています。

現在の越前打刃物は、日本古来の火づくり鍛造技術、手研ぎを守りながら作り続けられています。鍛造は、日本刀を製作する上で重要な技術で、曲がらず、折れない丈夫な刃を造ります。

越前打刃物は、その歴史と技術が高く評価され、昭和54年(1979年)に、刃物産地として全国で最初に伝統的工芸品の指定を受けました。




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